京都西陣 株式会社帛撰(はくせん) hakusen
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きものでフランス

2009年6月、初めてヨーロッパ旅行に行ってきました。フランスのパリです。2,3年前からの企画がついに実現しました。フランスでの「きものショー」。
それは帛撰のお客様でもある、「Jコレクション」の浅見さんの発表です。彼女は一呉服屋さんでありながら、京都や東京のホテルの会場できものショーを企画する、前向きな女性です。今回のパリのショーには私も同行しました。内容も、西陣織のきものと帯でとのことでしたので、喜んでこの企画に参加しました。

なぜなら、現在の西陣織の基は、明治の初期にフランスからジャガード装置を入れたことからです。それまでの日本にも空引き機による紋織はあったのですが、明治6年(1873)にフランスからジャガードを導入し、1889年のパリ万博には日本製品の代表として、西陣織のタピストリーを出品するのです。それは実に緻密なもので、今のものと比べても素晴らしいものです。日本に紋織の知識があったといえども、この15年程の間にジャガードを使いこなし、世界一の織物産地となるのです。正に画期的なことなのです。

そのようなことから西陣織を生業とするものとして、フランスの人々への「御礼」と「少しの自慢」をもって行ってきました。
余分ですが、織物技術においてそれ程優秀な日本人が何故、ジャガード装置を発明できなかったのでしょう? かつての日本では、紋織(絹)のものは少なくとも、武士以上の人しか着用できませんでした。そして織紋は、有職文様、家(定)紋などに代表されるように、着用できる人が限られる為に、同じ文様の織物をたくさん作る必要がなかった為と思われます。

フランスの景色

飛行時間は長かったです。朝9時に関西空港から乗り、パリへは10時間以上。ずっと昼というか、窓の外は明るい、スタートから不思議な感じでした。
パリの空は広いです。建物の高さがほぼ同じで、道路がまっすぐなせいか、空が大きく見えます。建物にも彫刻がされて、見るもの皆素晴らしいと思いました。日本と比べて、石の文化と木の文化の違いのような感じも、ふと受けました。放射線状の道路、広い歩道、そしてカフェ、車の駐車の仕方など、やはり日本とは異なります。コンビニがなく、ストアでは夜9時以後はアルコール類は売らない。それぞれの文化を感じます。全体的にランチの量の多いこと。朝早くセーヌ川沿いを散歩しましたが、加茂川や隅田川のほうがきれいかも。夜はセーヌ川での船上ディナー。夜景がとてもきれいでした(夜は川のゴミが見えないので)。

きものショー

ショーは日仏文化センターというパリ市内の会館です。路地裏というほどでもないですが、少し裏町の風情のあるところです。3階の100帖程の板張りのところでした。そこに畳一帖程の台を5台程縦に並べ、その上を歩きます。
モデルの方々はJコレクションのお客様です。もちろんきものもJコレクションからお買いになった自前のもの。旅費も自前で、こんなショーはなかなかありません。

着付けはほぼ自分でされ、歩き方も自己流。しかし、ショーは大成功です。用意した椅子は足りず、2日間で7、80人ずつ、150人は来られました。1割ぐらいの人が日本人、他はフランスの人たちです。人が集まるのかどうか不安でしたが、これほど多くの人に来てもらえるとは、感激でした。

そして、日仏文化センター館長の服部様に最高の通訳をしていただきました。私はフランス語は理解できませんが、お客様の顔をみていれば、感銘を受けておられるのが解りました。台の上を歩いている間に、きものや帯の織り方、歴史、主にどのような時に着るのかとか、長襦袢の色合わせ、衿の色合わせ、ぞうりとの色合わせなど、実に流暢に通訳をしていただきました。

フランスの人々は、日本文化に対して熱心なような気がします。2日間とも、ショーの後の質問は多くの人が手を挙げていました。私たちにしてみれば疑問に思わないこともあります。「帯ときものは別々のもの?」とか、「袴のひだは何故あるのか」とか。故に帯を解いて、帯の締め方の実演をしたところ、皆さんの驚きと歓喜の様子が目に見えて解りました。袴のひだが何故あるのかは、私も知りません。帯は4メートル以上あるということに、特に驚かれていました。

しかし、きものを考えるとき、もう一度その原点から見直すことの重要性を、感じました。文化交流の大切さを、おおいに感じました。日本語を学んで西陣織を見に来たいという人もいました。

今後も産地にて、より素晴らしい西陣織製作に努めます。また他国でこのような機会があれば、是非前向きに検討したい限りです。

(2009年8月)